第17号 平成16年2月発行
巻頭
「仏教と平和」
住職 標 隆光
新しい年を迎え、本年もよろしくお願い致します。
昨年末の十二月二十三日には晴天の中「冬至祭」が例年どおり盛大に行なわれました。多くの皆様にご参拝頂きありがとうございました。詳しくは五ページでご紹介します。
さて、世界情勢もイラク戦争の終結とテロ行為の撲滅を願って平和な世界を作るために努力をしていますが、アメリカ先導のやり方に対して国連の足並みも乱れ、だいぶ先の遠いものとなってしまいました。
日本はアメリカの軍事力無しでは、国を守れないのでアメリカの言いなりとなるしかないと国を動かすトップは判断し、そして、イラクの復興を手助けするために自衛隊の派遣を決定し、実行されました。
戦争を終結することが第一でなければ、人道支援も空を切るようなものだと思います。日本が第二次世界大戦で敗れ無条件降伏したときは、それ以上に連合軍に刃向かう者もなく平和を願う気持ちが国を一つにして、経済大国へと進むことができたのだと思います。
イラク国民は戦争に負けたという気持ちよりも、イスラム教が傷つけられたという宗教的な戦いも根強く残っています。テロ行為を行う組織は常に強い宗教心の中で自爆テロのような自らの命を投げ出して守ろうとしています。
仏教の教えの第一番は「不殺生」つまり「生きとし生けるものを殺してはならない」と言うことです。当然、お釈迦様の頃のインドやネパールは統一した法律もなく、人々の生活を守り安心して生活できる根本は、善悪を理解できる心を養うことにより成り立つ社会作りを布教によって説いて回ったのです。
力(武力)や罰(法律)の力だけに頼っていたのでは、いつまでたっても心から平和な世の中(社会)は実現しません。人の心は清らか(清浄)で相手を思いやる(慈悲)気持ちを常に持ち合わせなければ、世の中(共存している社会)は平和に導くことはできません。根本仏教の示す教えの中には常に平和を意識した導きが多いのです。「法句経」というお釈迦様が説かれた教典には、生活に密着した教えがたくさん書かれています。今後の機会にお話ししていきたいと思います。
心の教育
「学力と人間形成」
「国家百年の計は教育にあり」は、先人が国造りは簡単にいかないという事を諭した言葉ですが、これを実践した日本の教育は戦後から今に至っても完成されていません。
国民の知的学力アップはすなわち国の経済的裕福を招き、人間的資質の向上は犯罪の無い安心した住みやすい環境を作るでしょう。このことはどちらも国造りには大切なものです。
現在の日本は自由主義国家の中で競争は不可欠ですし、貧富の差も極端な場合をのぞいて、個人差は認められています。また学問を受ける自由もあれば、職業を選択できる自由もあります。一部の場合(先祖や親の恩恵等)をのぞいて努力やチャンスを生かした結果、目標や夢を実現できる可能性が誰にもあります。しかし最近の教育や社会思想として女性の地位向上の意識から「ジェンダーフリー」とか「男女共同参画社会」といって男女が平等で性差別が無く、性別で職業や役割を決め付けてはいけない事が基本法としてうたわれています。このことは学校内でも男子・女子の壁が取払われ男らしい男性や女らしい女性を育てられない教育が今の現実です。荒廃した学校社会を丸く収めるために、競争という意識をなくし、平等を第一とする教育は成人となり社会に出てどうなるのか予測がつかない未知の教育となっています。
迷走の時代にあることを認識して、学校教育だけに頼らず家庭教育の中で「家系の教え」も加えて社会に通用できる人間形成を築いていくことが必要な時代となってきました。
仏教の教え
「 浄土宗とお念仏」
平安時代の末期になると末法思想の影響で世の中が不安定になり、死後は極楽往生を願う風潮となりました。
浄土宗は法然上人(ほうねんしょうにん)(1133〜1212)によって、今から八三〇年ほど前の承安(じょうあん)五年(1175)に開宗しました。本尊は阿弥陀仏(あみだぶつ)(阿弥陀如来(あみだにょらい)で「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と称(とな)えることによって、往生(西方極楽浄土に生まれること)を願う信仰です。
その根本になる教典はお釈迦(しゃか)さまがお説きになった『無量寿経(むりょうじゅきょう)』『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』『阿弥陀経(あみだきょう)』の浄土三部経(さんぶきょう)主な経典としています。
念仏は「南無阿弥陀仏」と「阿弥陀如来様に帰依します」と言う意味になり、阿弥陀如来に自らの来世を託すことから「他力本願」といいます。この念仏を称えるという活動は一般民衆から武士・公家に至るまで国内中に広く受け入れられ、仏教の教理と死後の世界観を分かりやすくしました。特に生前の生き様が死後の世界に影響する教えは権力者の信仰心をあおって多くの寄進者を生みました。
(次回は禅と臨済宗・曹洞宗を解説します)
法語カレンダー解説
今年も冬至祭にご参拝いただきました皆様方に「仏教法語カレンダー」をお配りいたしました。一月から四月の法語は「慈悲喜捨」と言う四字熟語を一字づつ分けて説いています。その意味は、慈悲とはあわれんで情(なさけ)をかけること、喜捨とは寺社や貧しい人にお金や物をあげること=というのが現代の解釈になりますが、本来、慈と悲、喜と捨は別々のことであり、慈・悲・喜・捨となって合計四つの一連のものをいう言葉であります。(四無量心)
この四つの心を自らの心とした時、私達も覚りを得て仏と成りえます。大乗仏教では,僧侶も一般の人々もそこに何の区別なく、み仏の光に照らされるとしています。また仏界中でも菩薩界の仏は修行者であり誓願の実践者は大慈大悲の四無量心の実践を促しています。
一月「すべてのいのちを慈しむ心」(慈)
慈とは貪(むさぼ)りの心を無くし、人に幸福を与えようとする心。
二月「相手をいたわる心」(悲)
悲とは瞋(いか)りの心を無くし、人の苦しみや悲しみを取り除いてやろうとする心。
三月「喜びをわかちあう心」(喜)
喜とは苦しむ心を無くし、人の幸せを共に喜ぶ心。
四月「とらわれない広い心」(捨)
捨とは恩や恨みの心を無くし、人々を平等に分け隔てなくみる心です。
五月から八月までは四摂事の一つひとつの教えについて説いています。この教えは世の中の人々を救うとともに悟りに導く四つの方法で四無量とともに利他行とよばれています。
五月「喜んで与える心」布施
困っている人に物心両面から施しをすること
六月「やさしく語りかける心」愛語
親切な、相手のためになるような言葉をかけること
七月「相手を想う心」利行
相手のためになる行為をすること
八月「相手の立場に立つ心」同事
自己他人の区別なく悩み苦しんでいる人を救うこと
九月から十二月までは本当の幸福を得るための六つの条件「六波羅蜜」の内の四つの教えを説いています。
九月「自分を律する心」持 戒
悪行を行おうとする心を抑えて、心の迷いを去り、身心を清浄にし、戒を守ることによって身を慎むことを律といいます。
十月「堪え忍ぶ心」忍 辱
悲しいことや辛いことがあっても、落ち込まないで頑張るこ とです。物事の本質をしっかりとおさえて、時には犠牲的 精神を持って困難に耐えることです。
十一月「努力を惜しまない心」精 進
最善をつくして努力すること。良い結果が得られても、それ におごらず、さらに向上心を持って継続することです。
十二月「ゆるぎない心」禅 定
心を落ち着けて動揺しないこと。どんな場面でも心を平静に保ち、雰囲気に流されないことです。
仏教からきた言葉
「堂々巡り」(どうどうめぐり)
いろいろ策を講じてもまた元のところに戻ってきてしまったり、いっこうに話が進展しないことを堂々巡りといいますが、元来は文字通り祈願や儀式のために、仏様や仏堂の巡回して歩くことでした。やがて民衆の中ではぐるぐる回る意味が強くなって、現在のように使われるようになりました。
「結集」(けつじゅう)
「この旗の元に結集せよ」とかいいますが大勢の人が、同じ考えの元に集まることをいいます。今は「けっしゅう」と発音していますが、仏教では「けつじゅう」と発音します。昔、お釈迦様が亡くなられた後のこと、お釈迦様の教えがどんなものであったのか統一しておこうという動きが起こり、分散していた仏弟子たちが集まって、それぞれが記憶していた教えを一つにまとめる話し合いをしました。これを結集の第一としています。
冬至祭ご報告
この度の冬至祭は朝から晴天に恵まれ風も無く、日中の気温は十四度にも上がり、大勢の方にご参拝いただきました。
延命かぼちゃほうとうのご接待も十一時頃から一時半頃まで、人が絶えることなくご好評をいただきました。
参拝の方も好天も手伝って例年を上回る五百人ほどの方がお見えになられ、にぎやかに行われました。
お手伝い頂いた檀家や信徒の方々には寒い中を早朝よりご出仕いただき誠にありがとうございました。また、今年一年お元気で今年の冬至祭にお目に掛かりましょう。
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写真の一部は 大聖寺 石田永明ご住職から提供して頂きました。
追加寄付ご報告
前回の「明王寺だより」の後にご寄付いただきました方のご芳名をご披露致します。追加でご寄付いただきました方は合計金額も併せて記載させていただきました。貴重なご浄財を戴き誠にありがとうございました。今後は境内整備資金に充当させて頂きます。なお今後、追加のご寄付(物品を含む)を頂いた場合は次の「たより」の中で順次、発表させて頂きます。
追加寄付金額 御住所 御芳名 合計寄付金額
三万円 南アルプス市飯野 中沢 勉一殿 二十八万円
一万円 南アルプス市在家塚 斉藤 信殿 六万円
新規寄付金額 御住所 御芳名
三十万円 甲府市寿町 村松 武芳 殿
一万円 田富町山之神 豊原まさ子 殿
五千円 さいたま市 小林 敬子 殿
追加物納寄付者(平成十五年十二月迄)
付属墓地造成工事一式 市川大門町 (有)三昇石材工業 殿
●ご報告
寄付金の一部を充てて境内の外便
所を水洗トイレに改修いたしました。
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